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看護婦がそつと上つて来た。
「じゃそのお松まつと言う女はどうしたんです?」
練吉はそれなり黙つた。
今の家へは、温泉がぬるいというのを承知の上で越してきた。
と、盛子は大げさに滑稽な顔をしてみせた。
房一は擽くすぐつたさうな顔をしていた。
と云ったそうだ。
半シャツの男が進み出た。
その住居の端々はしばしにまで行きわたつている潔癖さは、同時に大石正文夫妻の年来の好み、その生活の信条といつた風なものをも漠然と現はしていた。
彼は自転車[#「自転車」は底本では「自転者」]にのつた。走り出した。風が頬をかすめた。房一の紅黒い、生真面目な、醜い、厚ぽつたい顔が目の前にのこつていた。
「さうですね。さつきからどうもさうらしいと思つていたんですが、失礼しました」
と、腰をたゝいてみせた。そこにはまだ一足、紙衣の下からはみ出すやうに、ぶら下つていた。
こういう不便が多々ある代りに、むかしの温泉宿は病を養うに足るような、安らかな暢のびやかな気分に富んでいた。今の温泉宿は万事が便利である代りに、なんとなくがさついて落着きのない、一夜どまりの旅館式になってしまった。一利一害、まことに已やむを得ないのであろう。